2018年02月15日

手作りチョコ現象

 〔約950文字|読了の目安:1.9分〕

◎手作りチョコ現象とは
 明らかに間違った理屈でも、多数派がそれを望めば正当とされる現象。

 バレンタインデーには手作りチョコをプレゼントするというが、そのチョコレートはただ市販品を溶かして他のものを混ぜて固めたに過ぎない。それは調理前からすでにチョコレートだから「チョコを手作りした」とはいえない。「チョコを手作りした」というには、カカオからチョコレートを作らねばならない。

 しかしこれに疑問を持つ人は少なく、この言葉は使われ続けている。その理由はこうだ。

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 バレンタインデーにはチョコをプレゼントすることになっている
  ↓
 既製品より手作りの方が想いがこもっていると感じられる
  ↓
 手作りのチョコをプレゼントしたい
  ↓
 カカオからチョコを作るのは難しい
  ↓
 市販品を溶かして何かを混ぜて固めただけのチョコを「手作り」と呼ぶことにする
  ↓
 自分のプレゼントに想いがこもったことになる
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 つまり「プレゼントに想いがこもっていることにしたい」という身勝手な欲求を優先させるために、「『手作り』という言葉の使い方がおかしい」という理屈を無視している。

 しかしその身勝手な人が多数派なため、今の社会ではそのおかしい理屈がまかり通っている。
 このように、おかしい理屈でも、多数派がそれを容認すれば黙認される。特に政治・社会の分野では、多数派の利益を維持するために理屈をねじ曲げることがまま見られる。
 例えば16〜19世紀のアメリカでは、博愛を説くキリスト教徒が黒人奴隷制度を容認するために「黒人は人間ではない」という屁理屈をひねり出した(らしい)

 手作りチョコなるものを作っている人に「それは手作りとはいわない」と言ったら、嫌な顔をするだろう。「手作りチョコ」という言葉がおかしいことを認めることは、自分の身勝手な欲求を認めることになるからだ。
 こういった自己欺瞞に敏感な人なら、チョコにこだわらずケーキなどを手作りするだろう。本当に自己欺瞞に敏感なら、そもそもキリスト教徒ではないのにバレンタインデーを祝うのがおかしいと気づく筈だが。


※注
 ・「手作りチョコ現象」は、いま自分が作った造語で、まったく一般的なものではない。
 ・手作りチョコの慣習は日本くらいにしかなさそうなので、他の言葉にした方がいい。
 ・こういう現象を指し示す言葉を他に知らない・他にいい言葉が思いつかないので、便宜的に命名した。

posted by 葛 at 10:08 | Comment(0) | 語ってみた
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